おもうに

Our output wish us to be beyond them.

自己整理シリーズ:「いい顔」について

自分の整理のための記事です。背景が飛んでいること多々ありますが、どうぞあしからず。

 わかりやすくいうと、なるべくなら、「ほんとうにやりたそうにしてる人」に仕事は渡したいんですよ。人間ですからね、嫌そうにしている人に大切なことを任せたい人なんかいないんですよ。
 仕事はやっぱりたいへんだし、嫌なことはいっぱいあります。きっと、我慢もしなきゃいけません。ですけど、おそらく、その人にとって「仕事がおもしろいかどうか」というのは、「自分がなにをたのしめるか」という枠の広さによってすごく左右されると思うんです。

岩田さん』第二章「岩田さんのリーダーシップ。」の一節です。自分が当書を初めて読んだのは発売してすぐの去年の8月頃。大企業をからベンチャーに転職して1年が経過した現在、あらためて読んでみれば、この言葉が自分に突き刺ささりました。

最近の自分は、あまり「いい顔」で仕事ができていません。仕事は振られることもあれば、自然に発生することもあります。それをやった方がよい、やらなくちゃいけないというのは理解していますし、引き受けるのですが、「いい顔」で取り組めておりません。自覚もあるし、指摘もある始末です。その原因は、仕事の量や内容、性質や立場など、あれこれ絡まっているように見えるのですが、要は自分が仕事を「たのしめていない」。もっと言えば、「自分がなにをたのしめるか」ということを、忘れてしまっているようです。

そもそも自分は何を楽しめる人間であったか。これはすぐに思い出せて、「できなかったことができるようになること」であるようです。いままでの生き方を振り返ってみて、これは自分の一貫した揺るぎのない特性です。課題を乗り越えていくこと、克服していくことに、生きている実感を得ておりました。自分が研究やIT、ボルダリング音楽ゲーム等にのめりこんだのも、これによるものです。

この「できなかったことができるようになること」、おもえばかなり万能な性質で、どんなものにも適用できます。もちろん今の仕事にも適用できるはずですし、そうすれば難しい仕事でも、できるようになる姿を頭に描いて「いい顔」で取り組めるはず。しかしながら、そうなっていない。原因がわからないまま、仕事に押し流されてしまって、自分のコントロールを失って、楽しみ方を忘れてしまって、今に至っているようです。

このままでは、ただ弱っていくだけになってしまう。「より多くのひとをのびやかに」という志しも、到底かなえることができなくなる。それこそ、逃げてしまえば楽にはなるだろうが、その後の生き方には、確実に後悔を残すことなる。それは嫌なんですね。だからこそ、向き合わねばならない。

そうして考えてみると、自分は「課題」を乗り越えることは得意だが、「課題」を設定することが、めちゃめちゃに下手クソだと気づきました。幸か不幸か、前職までの人生は、「課題」はずっと与えられてきました。それを解くことに専念してきましたし、それで何とかなってしまった(同じ人、けっこう多いんじゃないかな、と思ってます)。しかし、いま求められていることは、「課題」の設定です。ベンチャーという特性上、「課題」は常に更新されますし、その頻度も高い。ここに自分をフィットさせることができていなかった。恥ずかしい話ですが、無意識に誰かが設定してくれるだろうと思っていたようで、課題を設定するようなミーティングでもろくに発言ができず、正直お荷物になっていました。

とすれば、やることは一つ。「課題設定」の筋力をつけていくしかない。現状を把握して、ありたい姿との差分を出して、それを「課題」として設定する。それも、自分の中にため込まずにさらけ出して、みんなを巻き込んで形にして、動かしていく。これができれば、あとは自分の得意分野だから、きっと「いい顔」で仕事ができるはずです。設定すべき「課題」自体は、考えてみれば、それはもうたくさんあります。まずはこれが、これからの自分の焦点となりそうです。

今日もおもうにをありがとうございます。「自分がたのしめる」ものは、これから増やすこともできるわけですしね。